幕を引いたら幕が落ちてきたような
日経さんはこの件、触れるどころか匂いも嗅ぎたくない、という感じである。
この取引について、政治家の関与や、官僚の「忖度(そんたく)」がなかったかどうかが大きな問題となったが、詳しいいきさつは依然分からないままだ。
「依然分からない」んだとさ。ネットでうごめいている「何が問題なのかわからない」と事あるごとに書き付ける連中と、さしてレベルは変わらない。
とにかく検察が動いたわけだが、絵面としては売れない夫婦漫才のような二人に全部おっかぶせて、さっさと幕引きしようかという格好になっている。
もっと早い段階で検察が動いたなら、モリは鎮火しそれに続くカケもボヤ程度でおさまってしまっていたかもしれない。それを考えると、幕を引いたら幕が落ちてきたような現状に、つい苦笑させられてしまう。
上のエントリーで書いたように、現政権が不利になる方向で検察が動くことは全く期待できないので、日経さんも安心して
補助金の不正受給容疑の立件はもちろん、国有地売却の問題についても検察は捜査を尽くし、経緯を明らかにしていく必要がある。
と書くことができるわけだ。
さらには、
閉会中の国会では、獣医学部の新設や自衛隊の国連平和維持活動(PKO)の日報をめぐる問題で議論が続いている。国会の場での事実解明を怠り、結局捜査当局が乗り出すという事態が続けば、責任放棄のそしりは免れない。
与党側にはっきりした「説明」を求めることすらせず、まるで追求する側の野党の責任であるかのようにのたまうわけである。
やーめたやめた
こうして二つ並べてみると、同じくトップの辞任を扱っていても差が出てくるものだ、とわかる。
とりあえず日経さんは、民進党に対して思慮の浅い罵声を浴びせかけるだけで満足している。
一方自民党には、自衛隊も悪いかのように書きながら、政権自身がその隠蔽体質を正すどころか増長させ、恬として恥じなていないということにはだんまりである。
日経さんが今もあべぴょんに愛を注いでいることが、この二つを読み比べることでくっきりと浮かび上がってくる。
だがもちろん、自衛隊の隠蔽体質は問題である。しかしこれは、自衛隊が紛れもなく「軍隊」であることの証でもある。古今東西、隠蔽をこととしない軍隊など存在しなかったのではないか、というくらいに軍隊に隠蔽はつきものだからだ。
なぜなら、軍隊は破壊と殺人という反倫理的な行いを生業とするものであり、隠蔽することなしにスムーズな業務は遂行しづらいからである。
世の中の自称「軍事に明るい人」は、軍人について性善説で語ることが多く、それこそが「リアル」だと喚き散らしている。
実際の軍人は卑怯で卑劣な嘘つきばかりである。廉潔な軍人などというものは、映画やマンガにしか出てこないと考えることが本当の「リアル」なのだ。
生産性向上より「生活」の向上を
例によって「企業経営者には性善説、被雇用者には性悪説」という信念のもと、勘違いした社説をのたまってくださっている。
企業が自身の利益を最大化するのに一番お手軽な方法が、人件費の削減なのだ。それは奴隷が経済単位としてあった古代から変わらぬ伝統である。
企業と労働者の利益は、賃金という点において相反する。企業はなるべく賃金を上げないように「努力」するし、スキあらば下げようとする。
求められるのは最低賃金の引き上げと企業の生産性の向上が歩調を合わせ進むことだ。そのための環境整備が政府の役割である。
「空想的社会主義」というものがあるが、日経さんが常日頃述べ立てるのは「空想的資本主義」とでも呼ぶべきものではないのか。
労働者の最低賃金の引き上げは、ほっておくとすぐに滞る企業から労働者への支払いを促すもので、労働者の生産性向上を促すためのものではない。日経さんは「歩調を合わせる」などという、稚拙なレトリックでごまかそうとしているが。
企業の生産性向上なら、むしろ法人税減税によって求められるべきだろう。しかし、日経さんがそのように企業に注文をつけたことは「記憶にない」(どっかで書いてたらごめんな)
最低賃金の引き上げによって向上しなくてはならないのは、労働者の「生産」ではなく、「生活」の方である。
そして、それにはまだまだ引き上げが足らない、というのが現状なのだ。
共謀罪のもう一つの「毒」
日経さんがやっとこの件に触れた。自分のとこで出した支持率が産経より上だったんでびっくりした、とかだろうか。
説明責任を果たしながら地道に政策を実現していくしか道はない。
現政権がその「責任」を果たすつもりはさらさらにない。
おそらく、日経さんは気づいていながら、このようにのたまっているのだろう。
支持率が下がろうがどうしようが、あべぴょんが人をなめくさったような態度を改めないのは、現政権に対しては絶対に検察が動かない、という自信があるからだ。
検察には戦前のような絶大な権力を「トリモロス」という悲願がある。
その点において、検察と極右は目的が一致している。
目的達成のためには、社会を戦前に戻そうとする政治家を後押ししなくてはならないし、彼らの不利益になるようなことは極力避けなければならない。
ましてや、あべぴょんは特定ヒミツやら共謀罪やらを通してくれた政治家な訳で、検察が現政権が不利になる方向で動くことはまずありえないのだ。
検察さえ動かなければ、「全く法律に触れていない」「何が問題なのかわからない」という呪文を延々と唱えていることができる。
たとえ支持率が一桁になろうが、任期まではのうのうと総理の座に居座っていられるのだ。
秋になって「改憲」を打ち出せば、世間の話題はそちらに移り、国民はもりもかけも忘れて支持率は回復する、くらいのことは考えているだろう。
もちろん検事の中にはまともな人もいるだろうし、状況が逆転する可能性は0ではない。限りなく小さいだけだ。
「不祥事続きの検察にとって名誉挽回のチャンス」などと煽っても無駄である。
名誉なんかより共謀罪の方が検察には大事なのだ。
これは法務大臣の指揮権発動よりも強力である。
あべぴょんが支持率が下がるのもかまわず共謀罪を通した時点で、このような状況は予測されてしかるべきだった。
あべぴょんが追い詰められている、と考える人も多いだろうが、現状ではやっと四分六になっただけである。五分にもまだ足らない。
国民全てが「こんな人たち」になろうとも、あべぴょんは「改憲」に突き進むだけだろう。
日銀とGPIFによって毒殺される「モラル」
「アクティビスト」と呼ばれるもの言う株主の活動が米国市場で活発になっている。企業への要求は様々だが、共通するのは資本を効率的に使い株主価値を高めるよう求める姿勢だ。
結局「株主の言うことをきけ」に行き着くわけで、どこが「多様」なのかさっぱりわからない。人数が多いとかそういうことなのか。
米国市場の最近の注目すべき事例は、代表的なもの言う株主の一人であるネルソン・ペルツ氏が、日用品大手プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に対して、自身を取締役に選任するよう求めたことだ。背景には、P&Gの株価推移や業績の伸びが鈍いことへの不満がある。
この実例などは、経営者のうんざり顔が目に浮かぶようだが、この時点で「意思疎通」などというお上品な段階はすでに過ぎ去っている。こちらの意思がどうだろうと、「俺の言うことをきけ」というジャイアニズムに「疎通」などという猶予は求められない。まさかと思うが、日経さんは「通すことを疎かにする」の意味だと考えていないだろうな。
今回の日経さんの「株主のいうことをきけー!」な社説だが、「ああ、またこれか」と思わないでもないけれど、いったい日本の株式市場の現状にそぐうものかどうか考えたことはないのだろうか。
2016年は海外投資家がリーマンショック時並みに日本株を売り越し
東証がまとめた統計によると、2016年は海外の投資家の日本株に対する売り越し額がリーマンショックのあった2008年並みであったことがわかった。
ある投資主体が株式を買った金額から売った金額を引き、それがマイナスになっていた場合を売り越しという。東証のまとめによると、2016年は海外投資家が日本株を3兆6887億円売り越していた。
リーマンショックのあった2008年は3兆7085億円だったので、その年とほぼ同じ金額の売り越しだったことになる。
その一方で日銀が「異次元緩和」政策で行っているETFの購入が、4兆6016億円に上っていた。日銀は去年半ばに購入額を増やし、現在では年間6兆円としている。海外投資家は売り越していたが、日銀の大量の買いが株価を支えた形になった。
リーマンショック並みの売り越しを日銀が抑え、さらにはGPIFによって積み増して現在の2万越えの日経平均が維持されているのだと言える。
これを健全と言えるのか、いっそ「市場」はなんでもありだから「これでいいのだ」と開き直るのか、いずれにせよそこにあるのは、「株価さえ上がれば後はどうでもいい」というモラルの死である。
現状、日本の年金は崩壊の危機にあり(すでに崩壊しているとする人も多いが)、その危機を脱するためにGPIFによる株式投資の比率を上げた、ということになっている。
それによって、株式相場の値上がり=年金、という構図が出来上がっている。
ここで新たにもたらされたのは、年金を使って投資家を儲けさせたということではなく、投資家が儲けることが即ち年金安定に繋がる、という視点である。
投資家の儲けが国民一般の生活に直結する度合いが、無視し難く巨大になることによって起こるのは「労働の軽視」である。
真面目にコツコツ働くより、株の売買で稼ぐ方がただ「賢い」というだけでなく、倫理的にも上回る「善」であると考えることだ。
それは格差を善とし、その拡大と固定化を、必要悪ですらなく必然的な「善」とする「思想」に繋がってくる。
新自由主義的な思考は絶対的なものとして肯定され、視線の延長線上に「弱者軽視」があり、その果てはあべ信者による障害者殺戮と同じ地点に行き着く。
「意思疎通ができない人間を安楽死させるべきだ」などと独善的な主張で自分を正当化する一方、事件に至った理由は曖昧でちぐはぐな印象。遺族らへの謝罪の言葉はなかった。
極論にすぎるかもしれないが、現在の日本の株式市場で行われているのは、そうした「毒」を「元気になるクスリ」として注入することなのだ。
こうして考えてみると、戦前の高橋是清による「リフレ」(インフレ景気)が、その後の赤紙一枚で人命を大量消費した日本軍の価値観を形成したとも言える。
このような日本の現状において、「株主のいうことをきけ」というような日経さんの物言いは、すでに縁側ぽかぽかひなたぼっこのようなのんびりしたものでしかなくなっているのだ。
株式を「賭場」と捉え、そこに年金を突っ込むことの良否を問うだけなら、株が値上がりするに連れてその言は効果を失う。
生活保護受給者がパチンコをしているとして、全員がそのパチンコで「勝って」いたなら、その批判は当たらない(もう古びつつ言い回しだ)ということになるだろう。
問題はその背後にあるモラルの崩壊であって、それはGPIFが年金で儲けていようが損していようが関係ないものなのである。
なお、高度経済成長を経験した世代の多くが株式市場を「賭場」と見做すことが多いのは、当時の株式の成長が社会の成長よりずっと低位にあったことからきている。
まず社会の成長があって、それに経済の成長(株の値上がりも)があるべきであって、その逆は社会に有害でしかない。
戦前の例(是清のリフレ)を鑑みるなら、それは致死性の「毒」であるとすら言えるだろう。
当ブログの小予言
とまあ、またも失敗したわけで、確か「2%上昇が達成できなければアベノミクスは失敗」と誰かさんがご自分でおっしゃってたような気がするが、どうせ忘れてるんだろうし、当ブログが2013年5月24日付け(つまりアベノミクスの内容が発表されたくらいの頃)であげたエントリーを見てみることにする。
1.インフレになることはなく、デフレは解消しないだろう。
2.株価は上がるが、期待したほどにはならないだろう。
3.地価が上がることはないだろう。
4.中間層が消え、次は小金持が消えるだろう。中金持ちくらいもあやうい。
5.貧困層はさらなる貧困を味わうだろう。
6.それでも日本は経済成長をなしとげることだろう。
7.安倍晋三は長期政権を維持し、自民党は史上最大の議席を獲得するだろう。
8.日本が破綻することはなく、国債は増えつづけるだろう。
いかがだろうか。微妙なのもあるが結構当たっている。自己採点で70点くらい?
この当時はまだ、日銀が「禁じ手」を使ったりしたら、とんでもないインフレがきて日本が破綻する、という論が多かったように記憶している。
アベノミクスを肯定的に扱うリフレ「派」ですら、「インフレになってデフレを脱する」のは確実だとしていた。
おそらく、ハルヒコ氏もそう考えていただろう。「効き目がなかったらどうするか」ではなく、「インフレが暴走しないよう、手綱を取らなければ」ということばかり気にしていたはずだ。でなければ、追加緩和への動きがあんなに遅れるわけがない。
現状について、「デフレを脱しつつある」ということだそうで、「インフレになった!なったったらなった!アベノミクス大成功!」と強弁するのは、ちょっと脳みその結び目がほどけかけてる人だけである。
アベノミクスが失敗した理由は、それが「アベ」ノミクスだったことに尽きる。
何度も言うが、「アベノミクスの最大の障害は安倍晋三」なのだ。
「日本抜き」の世界はとっくにやってきている
日本が経済大国となって半世紀以上過ぎた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という自己満はいまに始まったことではない。米国に追従して無謀な戦争に加担したり、金融市場の混乱に自分から飛び込んだり、とアメリカに振り回されてきた。だが、いまほど自国に引きこもり、存在感を失った日本は記憶にない。
「日本抜きの世界」はとっくにやっきていたのだといえる。私たちはこの新しい秩序、いや、無秩序にどう向き合えばよいのだろうか。
あべぴょんが総理に就任して5年目に入った。メディアとして、ここがよい、ここが不十分だ、という通信簿はきっぱりと別れている。
残念ながら、あべぴょん政権はありきたりの論評にはなじまない。長所や短所を探そうにも、そもそもあべぴょんは改憲だけがやりたいわけで、その他の部分を誰が主導しているのかがよくわからない。
政権の発足の前後、あべぴょんの一挙手一投足は「保守」の注目を集めた。ネットで異様な人気の高さから、特別扱いにした動画サイトもあった。
最近は読むに値する情報はあまりない。政権の経済政策の目玉に「三本の矢」とか言ってはみたが、具体的にはほぼ無為無策であった。
「TPP断固反対」「拉致被害者を取り戻す」「日本をとりもろす」──。これらの主張はどこへ行ったのか。公約で本当の実現したのは、原発再稼働と消費税増税くらいだ。
あべぴょんが尊敬している岸信介首相は、自身が元戦犯であることもわきまえず、安保条約を押し通して「昭和の妖怪」とまで呼ばれた。
自民党の主流派となって独裁的な権限を得、デタラメな閣議決定を連発している。しかし、もり・かけ疑惑に足を取られて、もはやこれまでのような暴走はしづらくなっている。あべぴょんは3期目の首相続投を狙っているが、何もできずに下降線をたどって終わるのではなかろうか。
時事通信の調査では13日時点の支持率は29.9%。6月に記録した45.1%から急落したが、辞めるつもりはさらさらないようだ。もはやあべぴょんの顔色をうかがっても仕方がない状況だが、日経さんはまだまだ「信じている」ようである。
日本はどうすればよいのか。欧州やアジアの主要国との連携を深めることだ。国内秩序の漂流を少しでも食い止めるために。
……とまあ、今回は日経さんの社説に丸ごと乗っかって書いてしまった。
こうして書いてみると、政治の「劣化」というものについて、日本はアメリカよりずっと先を行っているのだとわかる。もしかすると、世界の最先端と言えるのではないか。やれやれ。
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