おそらくは彼女たちが「正しい」

 昨日、少し考えさせられることがあった。印象が薄れないうちに書き留めておこうと思う。

 

 出先でちょっとした行き違いがあり、成り行きから若い女性二人に昼食をごちそうすることになった。二人とも自分の娘と言っていい年齢であり、正直軽く心浮き立つものがあったが、それ以上に何を話したものやらという心配の方が先に立った。

 二人は同じ職場で働いており、一人はやや気が強くよくしゃべるタイプ、もう一人はほやっとした印象の聞き上手なタイプだった。よくある組み合わせ、ということなのだろう。

 ここから彼女たちとの会話をリアルに再現できればいいのだが、残念ながらそうした筆を私は持たない。

 とにかく、最初はやくたいもない雑談をしていただけだった。

 

 ふと、窓の外を自転車の行列が通り過ぎた。それぞれ荷台に幟をつけ、特定の人名を連呼していた。都議選候補者の選挙運動である。窓際の席だったので、彼らのがなり声が会話の流れを途切れさせた。

「あー、選挙なんですねー」と気の強そうなほうの女性がつまらなさそうにつぶやいた。

 私が窓の外をじっとにらんでいたからだろうか、それまでとは別な話をふってきた。

「◎◎さんは、投票とかちゃんと行くんですよね」

 はっとして彼女らの方を向いて笑顔を作りながら答えた。

「ああ、そりゃあ、もちろん行きますよ」

 その返事を受けた彼女らの応えには、やや虚をつかれるものがあった。

 彼女らは二人とも「一度も選挙に行ったことない」と言う。

 二人とも選挙権を得てから数年はたっているはずである。

 なんと言ったものか、なるべく笑顔をつくりながら遠回しに水を向けてみた。

「彼氏とは、選挙の話とかしないの?」

 二人とも大手企業の正社員(今やステータスだ)の彼氏がいることは事前に知っていた。

 気の強い方が「ぜんぜんですよ?」と不思議そうに言った。

 私が思わず口を開こうとした時、ほやっとした方が「あのー」とさえぎったので、口を閉じ直してそちらに話をゆずった。

「わたし、よく相談とかされるんですけど」とゆっくり、多少脈絡が前後しつつ語ることには、ほやっとした方の女性は、よく男性からの「相談」を受けるのだという。現在の彼氏だけでなく、これまでもいま現在もそういうことが多い、と。

 強引に話題を戻して説教するのも大人げないので、ほやっとした方の話を聞くことにした。

 彼女の言うには、どうも男性が彼女にコンプレックスを語りたがる、という。彼女に対して、自分の欠点や悩みを赤裸々に告白したがり、どういうわけかそれが彼女への「愛情表現」になる、と男性側が思っているようなので困る、と。

 ほやっとした方の女性は、一見母性が強そうに視えるから、それで男たちが甘えたようなことを言ってくるのだろう。そう察して口を開こうとした時、また彼女の発言にさえぎられた。

「あと政治の話とかしてくる人もいて、どっちもよく重なるんですよ」

 

 私は言葉に詰まってしまった。

 力んでかまえていたら、ゆっくりしたチェンジアップにみっともない空振りをしたような具合だ。かっこ悪いことこの上ない。

 そんなこちらを尻目に、気の強そうな方がちょっと大げさなくらいに「そうそうそうそう」とうなずいた。ほやっとした方もうれしそうに「でしょ?でしょ?」と念を押すようにしていた。

 私は、やや控えめに、「でも、選挙は行っといた方がいいよ」とつぶやくのが精一杯だった。

 二人ともにっこり笑って「はあい」と応えてくれたが、数時間後には忘れたことだろう。

 

 彼女たちはまったく「正しい」

 何がどう正しいのかは、ここでは述べない。後知恵にすぎるし、いちいち述べなくともわかる人にはわかるからだ。

 

 食事代はやや懐に痛かったが、授業料だと思うことにした。しかし、甘いだけのデザートがあんなに高いとは思わなかった。

 

問答式 選挙運動早わかり―地方議会議員立候補者の手引

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