猫の爪を抜く話

 五月のことになるが、妻の実家から山菜が送られてきた。段ボール一箱いっぱいに、コゴミやコシアブラ、ワラビなどがつまっている。義父が毎年春になると山へ山菜採りに出かけ、こうして送ってくるのだ。それらはおひたしになったり天ぷらになったりして、我が家の食卓を賑わすこととなる。

 ただ今年は少し事情が違った。妻の実家は東北にあり、山菜から放射能が検出された、との報道があったのだ。

 「念のため」と言って、妻は民間で放射能を計測している団体に山菜を持ち込んだ。

 結果は、わずかではあるが国の安全基準を越えていた。

 「こんなにはっきり出たのは久しぶりです」と係の女性はやや興奮気味だったそうだ。去り際に「またお願いしますね」とにこやかに言われたのがちょっとひっかかった、と妻は言う。義父に電話して、残念だが今年は廃棄すると告げた。

 

 盆に妻の実家に立ち寄った折り、山菜の話題になった。その時、義父から少し気になる話を聞いた。

(文中の会話は東北弁だが、私は話者ではないので直してある)

 

 義父がいつも山菜を採りにいく山は、持ち主が寛大なのか、毎年大勢の山菜採りでにぎわっていた。しかし、さすがに原発が放射能をまき散らして以降は少なくなり、今年は義父も含めて二人しかいなかった。

 そのもう一人の男性は、顔は何度か見ているが、それまであいさつぐらいしかしたことがなかった。

 義父は山菜を採りながら、なんとなしにもう一人に話しかけ、話題はやはり地震や放射能のことに傾いていった。

 義父は「この年齢(とし)だから、もう放射能だなんだって、騒いでもしょうがないよ」というようなことを口にした。義父はすでに80歳をこえている。

 「ほんと、そうだよねえ」と相手も賛同した。相手はだいたい70前後のようだった。「あんなもの気にしたって、人間死ぬときゃ死ぬんだよ」

 放射能をいちいち気にしてもしかたない、というのは義父の持論である。普段はあまり賛同を得られないのだが、この時は全面的に同意してもらえて少しうれしかったようだ。

 あれこれと言葉を交わすうち、最近義母がネコを飼うようになったことが話題になった。そのネコは震災後にボランティアに保護されていたのを譲り受けたもので、今では鬱気味だった義母の心の支えになっている。そのネコが、そこら中で爪を研ぐので困る、とこぼした。

 「じゃあ、爪を抜いちまえばいい」と相手の男は言った。

 え?と義父が聞き返すと、ネコを押さえつけてペンチで根っこから抜いちまえば、二度と爪が生えて来なくなるので、爪を研ぐことはなくなる、と言う。

 「現に、俺んちのネコはそうしている」

 そう得意げに相手の男は笑った。

 

 最初、その話を聞いて、義母は震え上がったそうだ。

 義父は、半世紀近く続けてきた山菜採りを、「もうやめようか」と思案中だ。

 

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