「処女」は存在しない

 交換財としての女性の付加価値であるところの「処女」が意味をなくした現代において、処女願望というのは別な意味を持っている。そのかげには「美しき」「汚れなき」ものを求める欲望があり、それを具体化するものとして「処女」がもちだされてくる。

 およそ処女願望を口にする男は、あくまで「美女」の処女を讃仰するのであり、それ以外は関心の埒外にある。そしてそのことは、ほとんどの女性の知るところでもある。

 多くの成熟した女性は自らの中に「美しくない」「汚れた」部分を抱えていることを自覚しており、そうした女性から見れば、男の唱える「処女」というものは、「ありえないほど美しい」何か、というほどのものでしかない。

 「ありえないほど美しい」ものを欲望することは、どのような意味を持つか。

 まず、「欲望」とは、欲望する主体が対象を取り込むことで自身が変化し、主体が変成することで解消される。

 しかし、「ありえない」ものを欲望するならば、主体はその変成を拒絶し、欲望の解消を望まないこととなる。

 それは現実において、欲望の対象に対し、破壊的になることが多い。

 「処女」というものを願望することは、男性が自身の変成を拒絶し、欲望の解消を望まないという態度の表明でもある。

 

 こうしたことに無自覚に「処女願望」を口にするなら、「この童貞!」と罵られてもしかたがない。それは決して「童貞差別」などというものではないのだ。破壊的欲望から距離を置くために罵倒することは、防衛本能として当然のことだからだ。

 

女は存在しない

女は存在しない

 

 

以下私信。

 といったところだが、ご理解いただけただろうか。

 酔った席でのことだから忘れているかも知れないが、こちらは約束通りブログにアップした。

 ちゃんと憶えていたなら、読んでおいてもらいたい。