春来りなば

 さて、春が来たそうだ。

 どこぞのあんぽんたんが「八重桜」がどうしたとか、下手くそな句を詠んだとのことだが、普段やり付けないことをするからぼろが出る。

 ま、それはともかく、駅前と近所の空き地には高層マンションが建築中で、消費税アップ前にほぼ完売したという。ガード下で一年以上開きっぱなしだった物件も、ぽつぽつ埋まりだした。

 都内にだけ目を向けるなら、景気は回復しつつあるように見える。

 が、東京から少し離れれば、幹線道路沿いですらつぶれたラブホテルの廃墟を見ることができる。

 ラブホテルというのは「どんなに不況でもつぶれない」「むしろ不況のときほど儲かる」と、昔は言われていた。周囲の状況が悪化するほどむしろ性欲は昂進する、と経験的にわかっていたからだ。

 性欲が抑制されてしまうのはどんなときか。

 それは「絶望」にとらわれたときだ。キルケゴールにきくまでもない。それもカタストロフィックでドラマチックなやつではなく、タールの臭いのするカビのような絶望に魂をやられたときだ。

 今、実際に廃墟と化しつつある村だけでなく、それなりに人口のある町ですら、住人が絶望にとらわれ、機能を停止していることは多い。こういう地域の若者はだいたい、カウンセリング後のロックシンガーみたいに、明るく空疎な笑いを浮かべている。

 

 このように、都市と地方での格差は今も広がりつつあり、それが日本の景気をよくしている。そう、地方が疲弊し、寂れていった方が、国の景気はよくなるのだ。

 昭和8年、高橋是清が「リフレ」をやり、日本一国だけが不況を抜け出して「繁栄の孤島」と呼ばれた頃、地方は現代以上に深い地の底にたたき落とされていた。農民らが貧しさのあまり「娘を売る」というのは、この時に常態となった。が、都市住民がそこに視線をなげかけることはなかった。

 そうした地方、特に東北地方の疲弊が、3年後の2.26事件の背景になっている、というのはよく言われるところである。

 しかし、こうした格差が、娼婦と安く働く女中とを都市に、いくらでもおかわりできる弾避けを軍に、たっぷりと供給したのだ。

 


春を待つ手紙 / 吉田拓郎 弾き語りカバー (Takamine:DMP500-6-BL) 20140202 ...