ガバナンスとは幇間の口上か

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 なんだか正月ボケをかましてくれるかのような社説である。

 

改革は道半ばにとどまっている。企業が資本をどの程度、効率的に使っているかを示す自己資本利益率(ROE)は、株主の企業統治が機能しているかどうかを測る指標とされる。残念ながら、日本企業のROEは8%と10%台の米欧よりもなお低い。 

 

 ROEを高めるなら、人件費のアップは後回しにしなくてはならない。

 どこまでも企業と株主の味方である日経さんは、そのようなことは口の端にも上らせたくないようだ。

 大幅な円安で輸出企業は最高益を叩き出しているときくが、それでもなおROEに問題があるのなら、それは経営側の問題だろう。問題のもとは日本的な経営の「風土」に求められよう。それは、東芝のごたごたを一企業だけの問題としてしまおうとする、日経さんの態度にも如実に表れている。

 

14年に金融庁は、年金基金や資産運用会社に投資先への経営改善を働きかけるよう求める「投資家規範(スチュワードシップ・コード)」を定めた。15年には東京証券取引所が、上場企業に対して2人以上の社外取締役の選任を強く求める「企業統治指針(ガバナンス・コード)」を導入した。 

 

統治改革にはアジアの市場間競争の側面がある。一定の成果が出たからといって手綱を緩めれば、日本市場の信認は下がり、投資が逃げる。改革の枠組みづくりはほぼ終わった。企業が自ら変わる努力を急ぐときだ。

 

 つまりは、投資家のご機嫌伺いをするべきだ、というわけだ。

 日経さんにとって、投資家とは高潔無比な聖人であるようだが、それはあくまで「利益が上がると思われるうちは」という条件付きである。身も知らぬ他人の懐を肥やしてやれるほどお人好しなら、投資家などやってられないだろう。

 投資家にもみ手をするのがガバナンスなら、日本の経済復活などはどんどん後回しにされそうだ。

 

幇間(たいこもち)の遺言 (集英社文庫)

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