本当の「改憲」とは何か教えてやろう

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 いい機会なので、本当に憲法を改「正」するにはどうすればいいか、教えてやろう。

 

 まず、「保守」は現行憲法が「押しつけ」であると主張している。

 よろしい。それについての反論はさておき、「押しつけ」であるということを認めることにしよう。

 では、「押しつけ」に対して、どのような態度をとるのが望ましいか。

 押しつけられたものを剥ぎ取り、涙を拭ってふるえながら唇を噛み締めて我慢することだろうか。

 本来押しつけられたなら、「押しつけ返す」ことが肝要ではないのか。

 やられたらやり返す、というのは「保守」の皆さんのアイディンティティだったと思ったが、なぜ改憲に関してだけいじめられっ子のように振る舞うのだろうか。

 戦争に負けたから?バカバカしい。70年も前のことをまだ引きずっているのか。

 そう、本当の改憲とは、「米国憲法を改正させる」ことである。

 

 そういう無茶を言って議論をすり替えようとしている、と読者は思うかもしれない。

 しかし、米国憲法改正案を作って世界に提示することは可能だろう。

 日本政府が中心となって案を練り、大大的に発表すればいい。

 改憲に至らずとも、アメリカで議論の元となれば成功と言える。

 だいたい世界最古の成文憲法である米国憲法は、すでに時代遅れであるとアメリカの最高裁判事ですら口にしているくらいである。

 アメリカから憲法を「押しつけ」られたのなら、日本にはアメリカに憲法を「押しつける」権利がある。いや、「改憲」という問題に真摯に立ち向かうなら、「義務」と言ってもいい。

 

 そして、未来に向けての新米国憲法を立ち上げる際、様々な議論が起こり、新たな政治的知見、法哲学的研究なども盛り込まれるだろう。

 そうした研究成果をえて、しかるのち日本国憲法改正案について考えればいい。少なくともそれは、現行の自民党案のような、通販詐欺の説明書のようなものにはならないだろう。

 

 自民党はもちろん、その他「保守」界隈、さらにマスコミなども含め、その改憲論は「改憲なき改憲」というものでしかない。

 今回の日経さんの社説も含め、その言説の一切をゴミクズ同然と断じて良い。

 

 

米国憲法史 (1929年)

米国憲法史 (1929年)