日経さんが「努力」を求めるとき自分は努力しないつもりでいることが多い

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 まあ、なんか言ってるわけだが、総理自身がネットでデマを垂れ流し、それについて反省もせず、また周りも反省を促すことすらできない、という状況にあっては、ただ空しいばかりだ。

 現在においてもネットではデマが恒常的に飛び交っており、たとえ悪質なデマであっても、それが政権支持に繋がるなら大目に見られてしまう、という最悪の状況にある。

 

 米国では大統領選挙の際、交流サイトのフェイスブックを通じて虚偽情報が拡散し、選挙に影響を与えたのではないかと問題になった。同社は虚偽情報を検出する技術の強化や、通報システムの改善などの対策を打ち出した。 

 

 アメリカのことを心配するより先に、自分の頭のハエを追うべきだろう。デマの悪質さ、低劣さ、またそれにやすやすと乗せられる人間の多さについては、日本はずっとアメリカより先に行っている。

 今回の件は自浄作用が働いたと言えなくもないが、情報の質云々より、他から労せずして情報を集めたことに対して反省しただけのようにも見える。

 

 で、日経さんはこういう時「努力」というわけだが、ほとんどの場合にそこに内実を伴わない。今回などは「みんなで少しづつ分かち合いましょう」みたいな結論でお茶を濁している。

 それが胸に手を当てて考えてのことなら、その手ですべきなのはもっと別のことだと思うがね。個人的には、新聞紙上で週一回でもネット上の悪質なデマを取り上げ、それを否定的に論評することが必要だと思うが、いかがなものだろうか。

 それとも、そんなドブさらいのような真似は、高級紙に似つかわしくないとでも?