日経さんうっかり自らを語る

 その昔、日本経済新聞というのは、株をやらない人間には用のない新聞であった。

 株式欄以外の記事は「おまけ」「落書き」「記事のふりした企業広告」と呼ばれていた。

 何やら高級紙然としたたたずまいになってきたのは、80年代以降のことである。それ以前は「日経読みの世間知らず」などと揶揄されるくらい、一般の出来事を知るには役に立たない新聞であった。

 これは、足掛け三十年(父がとっていた時期も含めればもっと)日経を購読していた私の「印象」である。だが、概ねのところは当たっていると思うし、日経さんは今もそうした「体質」は改まっていないように見える。

 

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 そんな「企業広告の集合体」という体質を未だに引きずる日経さんが、「ネット広告への信頼」とやらを語っている。

 

こうした課題のあるネット広告が信頼を保つうえで大切なのは、ネット企業が自らを律することだ。多くのネット企業は収益の大半を広告に依存しており、広告主の倫理観や判断も重要になる。 

 

 この「ネット企業」が「日経さん」に変わっていても、何一つ違和感を覚えることはないだろう。むしろそっちの方がぴったり来るようにも思える。

 これはやはり、自分でも薄々思い当たるところがあるからではないのか。

 

 利用者による監視も欠かせない。多くの人が日常的に使うことがネット企業の競争力の源になっており、その離反は大きな打撃になるからだ。一人ひとりの利用者が情報を読み解く能力を高め、ネット企業に厳しい視線を注ぐこともより重要になっている。

 

 なるほどなるほど。日経さんに文句を言い続ける当ブログも、そうした意味では存在意義があるというわけだ。

 

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