戦争と経済

 今日は真珠湾の日なので、いつもと趣向を変えてポスターを貼り付けてみる。ネットをうろつくうちに溜まってきた画像だ。

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 とにかく、戦前の軍は金よこせ銭よこせと博打にハマったドラ息子のようにうるさかったわけだ。

 中にはディズニーあたりから文句が来そうな図柄もあるが、敵国だからいいのか?オリジナルの方も、あちらでは日本と戦うアニメが作られていたそうだが。

 で、そんなドラ息子の頭の中身が以下である。

 人間追い詰められると、考えることは一緒になるようだ。

 

 

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日経さんが「デフレ脱却できないのは労働者がちゃんと働かないからだ」とお怒りです

www.nikkei.com

 デフレ脱却には賃上げが必要だ、というのはいいのだが、日経さんは「そのためには労働者が今以上にしっかり働かなくてはならない」と仰るわけである。日経さんの言う「生産性の向上」というのは、つまりそういうことである。

 そういえばちょっと前に、「日本で男女平等が進まないのは、日本の女性が怠けているせいだ」と主張する御仁がいたが、それと同じような論理である。

 

 そういえば、日経さんはよく「農家は補助金漬けで甘やかされている。これでは生産性が上がらない」と仰るが、現在金融緩和で農家以上に甘やかされているのが日本企業である。

 日経さんの論をなぞっていうならば、「日本企業は緩和で甘やかされているので生産性が上がらない」となりそうだが、そこは「労働者の生産性が上がらないせいだ。労働者が怠けてるのが悪い」となるようだ。

 

 「人間」という日本唯一の「資源」を少子化によって失いつつある今となっても、日経さんはまるで『オツベルと象』のオツベルのように、白象が死にかけていても鞭打てとおっしゃる。

 童話では仲間の象が助けに来たが、現実にはそんなことは起こりそうもない。

 日本人はお人好しの白象のように衰退していく。自らはこれでも「幸福」なのだと信じながら。

 

オツベルと象 (ミキハウスの絵本)

オツベルと象 (ミキハウスの絵本)

 

 

 

日本の伝統を切除したい日経さん

 日本の労働者の質は高い、とつとに口にされる。

 昨今の日本万歳翼賛テレビ番組ならずとも、それは幅広く共有された認識である。

 例えば、簡単な水道工事など、海外(実体験としてはアメリカ)では待たされた上にひどい手抜きがなされたりするが、日本ではきちんと期日に工事されて、一週間後にまた別のところが壊れる、などということは少なくとも起こることはない。そして、それが「普通」のこととされる。

 その質の良さはどこから来るか、というと、右がかった人たちは「日本人であれば当然」などと喚いて思考を停止させて満足する。

 よく手本として取り上げられるのは「職人」についてだが、その仕事の秘訣は、高度な「技」ではなく、むしろ継続される「労働」の本質にある。

 日本人の仕事の質の高さは、「日本人」などというナルシスティックな民族意識ではなく、見栄えのする「技」を支える地道な「労働」によるものであり、世代を超えて引き継がれ、蓄積された「コツ」によってもたらされるものだ、と考えられる。

 そうした「コツ」はごく普通の一般企業においても用いられ、世代を超えて蓄積された地道な「知」によって、日本人の労働者の質の高さが保たれてきた。

 それが、無意識に共有される、日本の労働の「伝統」である。

 

 しかし、こうした「質の高さ」は、日本の経済を「構造改革」して「自由化」したい、日経さんに代表されるような人たちにとっては邪魔なものだ。

 なぜなら、そうした組織に蓄積される「知」という、「伝統」に頼る労働者の在り方は、「労働者の流動性を高める」ことを阻害するからである。

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 で、ここで製造業の品質不正問題が陸続として現れてきた。

 実はこの問題は、前半で述べた「日本人労働者の質の高さ」と同じ原因を持っている。

 というのは、組織に蓄積される「知」とは、要領よく働くことであり、その中には「手を抜く」ことや「サボる」ことも含まれているからだ。

 つまり、こうした不正を叩き、「根こそぎ」にすることは、日本の労働者の「伝統」を廃棄し、その質を低めることになる恐れがある。しかしそれは、日経さん念願の「労働者の流動性を高める」ことに繋がるのだ。

 

 なんだか陰謀論めいてしまったが、不正を正すことについては反対しづらいので、ついでにそれを「根こそぎ」にすることについても反対できなくなりはしまいか。

 昨今、日本人の労働者の生産性の低さがあげつらわれてるのも、同じ流れのように思う。

 「ごく一部の富裕層と数多の貧困層」という社会を作るためには、労働者は従順かつ愚者である必要がある。

 不正を正すなら、ブラックジャックのような正確無比のメスさばきで、「不正」の部分のみを切除してもらいたいものだ。

 「ついでだから、ロボトミーの手術もしましょう」と言い出しかねない、そんな今日の日経さんなのである。

 

#こんなブラック・ジャックはイヤだ
 

 

改革されない日経さんのおつむ

 山一破綻から20年か。バブルの崩壊をあのおっさんの泣き顔とともに記憶している人も多いだろう。

 バブル崩壊は数々の惨事を引き起こし、それが「改革」のきっかけとなったわけだが、何よりも馬鹿どもののぼせた頭に水をぶっかけた一番の「改革」だったと思う。

 さらには、日本中の人間に「経済」というものを意識の中心に昇らせ、「日本経済新聞」が株屋御用達から脱皮して高級紙めいた地位を獲得する下地となった。お忘れの方も多いと思うが、バブル以前の日本では、普通のサラリーマンは株価など全く意識せず、居酒屋で話題にすることすらなかったのだ。

 しかし、日経さんのおつむの中味は、まだ昔のままの部分があるようだ。

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 足元の株式市場は息を吹き返しつつあり、日経平均株価は約26年ぶりの高値水準を回復した。底が抜けたかのように株価急落が止まらないといった事態が遠のいたのは、金融システムの安定と市場改革の効果も表れているとみてよいのではないか。

 好業績と株高を背景として企業が投資や採用を拡大し始めるなど、デフレ脱却に向けた経済の好循環の兆しもみえる。

 

 おや?つい先日、現在の株価は「バブル」だとおっしゃってませんでしたっけ?

 ともかく、「株価さえ上がればなんでもオッケー!」な日経さんの昭和な思考こそ、「改革」が必要なんじゃないのかね。

 

 

 

If anything can go wrong, it will. (ヤバそうはヤバくなる)

 その昔、マーフィーの法則というのが流行った。

 流行るうちに全く別の意味で流通するようになり、しまいにはただの「勘違い」のようになってしまった。

 元々ジョークなんだからどうでもいい、という考えもあるだろうが、世の中を縁の下から支える「安全」は、概ねこれと同じような「思想」から成り立っているのだ。

 If anything can go wrong, it will. (ヤバそうはヤバくなる)

 ちょっとでも失敗する要素があれば、必ず人は失敗する。だから、いくらなんでもそれはないだろう、と思えるようなことでもきちんと潰しておかなくてはならない。

 それが人の生死に関わるようなテクノロジーであればなおさらだ。

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 で、この日経さんの社説なんだが……

 

これを機に完成検査のあり方についても再検討してもよい。日産が不正に手を染めて以降、2千万台を超える車を国内に出荷しているが、「検査不正に起因する品質問題は1件も確認できていない」という。不正は不正として厳しく断罪する一方で、「検査が実態に即しているのか」といった点も改めて考えるときだ。 

 

 最後のこの提言は一体なんなんだか。

 じゃあ、それで検査を「実態に即して」緩めてから、事故が起きたなら誰が一体責任をとるのか。これまで問題が起きなかったのも、ごまかしがあったとはいえその「検査」を行う建前があったおかげではないのか。

 日経さんの企業(特に大企業)への甘々ぶりは、全く目に余るものがある。

 この調子では、これからもロクでもないことが起こりそうだ。

 

 

日経さんうっかり自らを語る

 その昔、日本経済新聞というのは、株をやらない人間には用のない新聞であった。

 株式欄以外の記事は「おまけ」「落書き」「記事のふりした企業広告」と呼ばれていた。

 何やら高級紙然としたたたずまいになってきたのは、80年代以降のことである。それ以前は「日経読みの世間知らず」などと揶揄されるくらい、一般の出来事を知るには役に立たない新聞であった。

 これは、足掛け三十年(父がとっていた時期も含めればもっと)日経を購読していた私の「印象」である。だが、概ねのところは当たっていると思うし、日経さんは今もそうした「体質」は改まっていないように見える。

 

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 そんな「企業広告の集合体」という体質を未だに引きずる日経さんが、「ネット広告への信頼」とやらを語っている。

 

こうした課題のあるネット広告が信頼を保つうえで大切なのは、ネット企業が自らを律することだ。多くのネット企業は収益の大半を広告に依存しており、広告主の倫理観や判断も重要になる。 

 

 この「ネット企業」が「日経さん」に変わっていても、何一つ違和感を覚えることはないだろう。むしろそっちの方がぴったり来るようにも思える。

 これはやはり、自分でも薄々思い当たるところがあるからではないのか。

 

 利用者による監視も欠かせない。多くの人が日常的に使うことがネット企業の競争力の源になっており、その離反は大きな打撃になるからだ。一人ひとりの利用者が情報を読み解く能力を高め、ネット企業に厳しい視線を注ぐこともより重要になっている。

 

 なるほどなるほど。日経さんに文句を言い続ける当ブログも、そうした意味では存在意義があるというわけだ。

 

落書き落としクリーナー 250ML

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現実を見たくない人のための外交報道

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 なにやらいきなり雪解けムードで、尖閣も南沙もなかったかのようだ。

 やはり外交については中国の方が一枚も二枚も上手である。あべぴょんの「チューゴクホーイモー」など、子供の落書きも同然となった。

 バラまいた金はなんの効果もなく、相手国に吸い取られるだけで終わるだろう。バラまくふりして日本企業が優先的にいただく、というやり方はすでに周知される所であり、多くの国で対策済みである。それとも、親玉のアメリカを見習って、援助を表明しながらもあれやこれやいちゃもんをつけ、実際にはほとんど払わない、という技を使えるだろうか?

 

 あべぴょん、トランプ、習近平の三人には共通点がある。「人権が嫌い」ということだ。

 しかし、この三人の中で一番頭が良いのは習近平であろう。

 「人権嫌い」をアドヴァンテージとして利用したのは、ただ中国だけだった。

 この所の外交のあれやこれやを眺めていると、日米は全く手玉に取られている。

 それでも「安倍外交は百点満点!」で、マスメディアのトランプ歓迎祭のおかげで支持率も上がっただろうから、あべぴょんは御満悦だろう。

 

安倍首相はまず自らが適切な時期に訪中し、次に習主席も訪日する案を提起した。習主席は首脳往来を含む関係改善に前向きな姿勢を示している。今こそ日中関係の新たなスタートに向けた準備をすべき時だ。

 

 今のうちにもっとマシな人間に総理を交代させないと、また手玉に取られて終わるだけだと思うがね。

 それでも国内では賛美ばかりになるから、現実を見たくない人にはこっちの方が良いんだろうけど。