本当の『王貞治伝』が書かれることはないのだろうか

 先日、長島と松井が国民栄誉賞をもらった。現政権の人気取りだのなんだのという話は置いておく。正直、長島については「まだもらってなかったっけ」という意外の感があった。ほぼ政権の人気取りとして、「あげたい人にさしあげる」賞だから、とっくにもらっているような印象があったのだが。

 

 さて、この国民栄誉賞の第一回の受賞者が王貞治である。

 その年、王はホームランの本数で世界記録を達していた。日本の野球のレベルや球場の広さについて云々する向きもあったが、ベーブルースの時代の球場は当時の後楽園よりもずっと狭かったことをメモしておこう。世界一を喧伝するほどではなくても、彼が記憶すべきバッターであることは間違いない。

 

 そして、皆がついつい忘れていること、または忘れたフリをしていることに、王貞治が「中国人」だということがある。

 国籍は台湾になっているが、それは巨人選手としてアメリカに行く際、当時のアメリカは国民党政府を正当として認めていたので、ビザを得る際に台湾に移した、ときいている。もともとの系統としてルーツは大陸の方にあり、ある種の分類としては「外省人」ということになるのかもしれない。

 彼はずっと今も「中国人」のままだ。

 しかし、そのことについて彼が「何か」を口にしたのを聞いたことがない。

 国民栄誉賞を受ける際、「これを機に日本国籍を得ては」というプレッシャーがあっただろうことは想像に難くない。

 若い頃「王」という苗字にあれこれいう人もいたことだろう。

 だが、国籍について語る機会があったとしても、丸谷才一が「プロ野球選手の中で一番正確」と評した日本語で、波風が立たぬよう言葉を選んで物語るだけだ。

 

 王貞治は、ずっと「中国人」のままだ。

 その打法のフォルムに現されるままに、ずっと独りで立っている。

 そのことについての「何か」は、永遠に隠されたままなのだろうか。